知識ではわかっているが、実際その境遇に見舞われないと血肉化できないのが人間。
そのとき辛い、苦しいことも乗り越えたら自信にもつながる。
「艱難」とは、生きている人間としてはなくてはならないものだ。
先人はよく「苦労は買ってでも」と言われるがまさにその通りだと思えるようになってきた。
私自身も色々授業料は払ってきてその時は、「なんでこんなしんどい思いを」と誰かのせいに考えることもあったが、むしろ今は、苦労や試練は自分を高める機会だと考えれるようになってきた。
問題を相手におくのではなく自分に置く。
こう考え行動できるようになったのも致知での学びと自分の今までの艱難のおかげである。
賢い人は失敗したくないという思いから試練を味合わないように行動するのかも知れないが艱難を味わうことが失敗なのではない。
能動的に動かず、なにも挑戦せず生きることが失敗なのだ。
人間としてのステージを高みにあげるためにも、自分よりステージの高い人と付き合い、色々なことに挑戦し続ける人間でありたい。